海の駅、この先(一次創作 SS05)
松の防風林の中、わたしたちはコトリコトリと揺られて。海の聴こえてくる駅をいくつか通り過ぎた。夏の峻烈な陽射しが、どう言うわけかとても懐かしくて、扇風機しか働いていない車内も、いくらか涼しく感じられるから不思議だ。
「次の駅?」
「うん」
あなたはちょっとだけ退屈そうに、あくびを噛んでいるような口元で答えた。でも、その好奇心に満ちたひとみは、子どものころの、そのもの。
「近いんだね、海」
「だねえ。この切り通しの向こうがそうだから」
「なんでわかるの?」
「そりゃ。わかんなかったら連れてこない」
こう言ったあとで、もしもドヤ顔のひとつでもしたら。わたしひっぱたいているところだけど、あなたも期待している表情だから、わたしは何も言わなかった。わずかばかり、あなたは微笑んで、
「まあ、楽しみにしていてよ」
「そうします」
そんなわたしたちはお互いに、きっとこの旅の先を予感して。こころの中では小さな子どもがはしゃいでいる。だけどわかっていても、それを感じさせないようにするのが、オトナのオツキアイと言うものだ。厄介だな。初めてわたしはそう思う。
「見えた!」
思わずわたしは、喜びの声をあげてしまった。だって、碧緑に遠く満ちている海原が、突然視界に飛び込んできたんだもん。
「もうじき降りるよ」
「海の駅?」
「うん」
カタコトト、と電車は止まり、ひとつだけの土を盛っただけのようなホームに降り立つ。ピィ、と汽笛を鳴らして、電車はまたコトカタタと去ってしまった。
「かわいい汽笛だったね」
「うん。本当はタイフォンって言うんだ」
いまはもう、あなたの自慢げな講釈も気にならない。それほどまでに、海が耳に入る駅は魅力的だったからだ。
松の木が、天然のトンネルを作っている。少しだけ塩のベタつく風が、わたしたちの髪をなぶっていった。海岸線はもうすぐそこ。潮の音さえ聴こえてくる。ささやきに抱かれたさざなみ、さやさや、と。
「行こう?」
「ん!」
差し出されたあなたの左手。ちょっと汗ばんでいるその手を、わたしはギュッと握り返したんだ。