SS
ぐるりぐるり、ぐりりぐりりと彼は道を歩んだ。歩き回った。歩き続けることは実に尤も疲れ果てることでもあるが、兎に角歩いた。 なぜと思うかもしれない。だが理由などはないのだ。強いて挙げるならば、そこに歩ける道があったから。随分と彼方此方を歩き、…
「ああ、そうだねえ」 懐かしむような声。わたしのことかと思い、ちょっと振り返る。 「そうとも。苦労が実ったんだよ」 なんだ。ただの世間話か。 ではあれ、ちょっと気になって。歩みをわざとらしくなく止め、店の中を遠く眺めるフリをする。 「いっときは…
ああ、変わったんだね。無理もない。 ここでたしかに生まれ育ったけれど、帰ることなどまずなくて。 友人の結婚式と言うことで来てみれば、ずいぶんと変貌を遂げていた。 不思議なものでニンゲンと言う生き物は、変化した点に注目はあっても、普遍の部分には…
「なあにこれ? 雪だらけだね」 急行「天北」 興味を持った証拠、キミは鼻に手の甲を当てながらそう言った。 「んー、むかし貧乏旅行したときの写真」 「さすが鉄オタ」 そう言うキミも、りっぱな鉄子になりつつあるよ。まあその言葉は飲み込んだ。 「北海道…
松の防風林の中、わたしたちはコトリコトリと揺られて。海の聴こえてくる駅をいくつか通り過ぎた。夏の峻烈な陽射しが、どう言うわけかとても懐かしくて、扇風機しか働いていない車内も、いくらか涼しく感じられるから不思議だ。 「次の駅?」 「うん」 あな…
もうさっぱりと。忘れてしまい、気持ちも切り替えて。 「またそう言う」 わたしはちょっと、困った顔になっているだろう。だって、忘れることができないからこそ、ここにいるんだもの。でも、あなたは、 「切り替えてみよう」 表情と言葉で繰り返す。さらに…
ここがわたしの場所 お花畑になんて、最初からかなわないって思ってるよ。だって、あそこは選りすぐられた、本当のエリートさんが咲き誇る場所。 わたしは……。 わたしは、ここでいい。土は固いし、いつ誰に踏まれちゃうかもわからないけど。 わたしは、ここ…
ざあああむと風が吹き渡り、空はいちだんと叫び声を大きくした。オンオンと言う唸り声が、その地へも届こうとしている。 見上げた空には、薄い雲が。そのほかと言えば、ただ峻烈な青が広がっているばかり。夏の空は、恐ろしいほどに晴れ渡っている。 さあ、…
細く狭いプラットホームも、1両だけのディーゼルカーも、細かく冷たい雨にそぼ濡れていて、大蝦夷の寒さが身にしみる。定刻の発車まではもう5分を切っていたが、乗客はわたし以外に誰もおらず、赤字、それも大赤字のローカル線運営と言う厳しさを、いやが応…