創作について思ったこと、感じたこと
こんばんは
暑さで溶けかかり、たぶんこの状態で転生すればスライムになれるんだろうな、と信じざるを得ないトロトロともみでっす
なんか、えっちぃですね///
さて
今日は頭痛があまりひどくなくて、Twitterのほうにずいぶんと、「嘘つき姫と盲目王子」関連を書きましたが、その際に、
わたしにとっての創作(特に二次創作)ってなんぞや
なんて思っちゃったので、今回はそれについて少し書きます
むかしっから、わたしはなにか文章だったり散文だったりを書くのが、とても好きでした
当時は、「散文」なんて言葉を知りませんでしたけど
小5・小6ぐらいからかなあ、ノートにわけのわかんない文章を書き始めたの
読書も大変に好きで、学校の図書室や近隣の図書館に、足繁く通ったものでした
もはや死語ですが、
「文学少女」のハシクレ
だったんでしょうね
お友だちの影響も多々あって、なにかお話みたいなものを、中学生になってがりがりガリリと書き始めました
とても楽しかった思い出が、今でもふうわりと残っています
母親が他界し、って言っても、解離性同一性障害ゆえか、その時期をはっきりと覚えてはいないんですけど、その悲しさもがりがりガリリ書いていたように思います
それから、あれやこれやしているうちに時は経ち、父親もみまかってしまいました
兄弟姉妹がいないので、喪主はなんとわたし!
葬儀会社の方に、ものすごく助けられたんです
本当に、あたまのさがる思いでした
寂しくもあり、悲しくもあり
なにか、ぽかんとした喪失感って、このことかぁ…
そんなふうにも思いました
その間も、よくわからぬ文章、創作活動は続けていて
テキストオンリーで、同人誌に参加させてもらったりとかも経験しました
楽しかったです、はい
んで、また時は流れ
今はTwitterだったり、ココだったりに、あいも変わらず文章を書いているわけですが
そんな過去があるためか、
「読むなら・書くなら、ハッピーエンドのものがいい」
そう強く思うんです
一次創作でしたら、ノンフィクションと言うジャンルもありますが
二次創作の場合、そのほとんどは「虚構」と言っていいでしょう
身もフタもありませんけどね
現実がつらく苦しく、毎日を送るのさえ大変な思いをしているのなら
「虚構」の中ぐらい、しあわせでありたい
思いというよりも、これは願いに近いかもしれませんね
この先、どのくらい文章を書いていくのか
わたしにすらわかりませんが
作るんだったら、しあわせな思いのできるものを作りたい
こころからそう思い、感じます
長くなりました、すみません
まー、そんなようなことを、考えてみました
こんなわたしではありますが、末永くお付き合いくだされば大変にさいわいです
〆は、相変わらず、嘘つき姫と盲目王子で
姫も、王子も
しあわせになってね
最後まで読んでくださり、ありがとうございました